「みちのくの奥ゆかしくぞおもほゆる壺のいしぶみ外の浜風」
この和歌は、850年前二度陸奥(みちのく)を訪れた西行の和歌で、陸奥への限りない想いを詠んだものです。陸奥は京都、奈良に次ぐ第三の歌枕の国といわれ、星乃ミミナさんの生まれ育った仙台、古くは宮城野は歌枕の国陸奥の中心として数多くの秀歌が詠まれてきました。源氏物語・桐壺には、「宮城野の霧吹きむすぶ風の音に小萩がもとを思いこそやれ」と、若宮を小萩にたとえてその身を案じた和歌をとどめていまが、本歌となったのが古今和歌集にある、「宮城野のもとあらの小萩露をおもみ風をまつごと君をこそまて」です。さらに千載和歌集をはじめとする勅撰集には、「宮城野に妻呼ぶ鹿ぞ叫ぶなるもとあらの萩に露や寒けき」「小萩原まだ花咲かぬ宮城野の鹿やこよいの月に鳴くらむ」「宮城野の萩や牡鹿の妻ならむ花咲きしより声の色なる」「宮城野の小萩が原をゆく程は鹿の音をさえ分けて聞く哉」など数多い和歌が詠まれてきました。
それから千年の歳月を経て明治にいたり、失恋の思いを胸に東北学院の教師として一時期を仙台で過ごした島崎藤村は、夕暮れ時ともなると宮城野原の一角にたたずみ、遠く潮騒の音を聞きながら、「心の宿の宮城野よ 乱れて熱き吾身には 日影も薄く草枯れて 荒れたる野こそうれしけれ ひとりさみしき吾耳は 吹く北風を琴と聴き 悲しみ深き吾目には 色彩なき石も花と見き」と詠いました。ほとばしる青春の思いを悩みぬいた鬱屈の果てに詠いあげた記念碑的な詩集「若菜集」の一節草枕です。同時期仙台の土井晩翠は、「星落秋風五丈原」で知られる漢詩を駆使した雄渾な作品「天地有情」を発表、また仙台出身の落合直文は近代短歌結社のはじめてとされる朝香社を起こし,与謝野鉄幹らとともに歌文革新運動をおこなっています。学都仙台は、魯迅をはじめ多くの俊秀が集い、若い心を豊かに耕してまいりました。
そしていま、宮城野は煌(きら)めく星の詩人ミミナさんを送り出しています。ミミナさんは、二十世紀を多くの人々が無造作に失い、あるいは失おうとしている一番大切なことについて、詩を通して、ファンタジーの世界を通して、コンサートを通して多くの人たちに語り続けてこられました。「アジア少年少女愛と夢のコンサート」は、国内にとどまらず中国やスリランカ等でも開催され多くの人々に人を愛する大切さ、生きる勇気を、多くの子供たちの瞳に光を灯してこられました。幸薄く傷ついた多くの子供たちには分け隔てなく温かい手を差し伸べ、手元で大事に養育されるなどのお仕事も長い間続けられてこられました。コンサートなどの収益金はすべて社会のために還元され、これで学校を造った国もあります。
このような長い間のミミナさんの尊いお仕事を、しっかりと力強く支えてこられたのが、この度「星乃ミミナ作品集」を作るのにもお力添えをされたと伺っております牛山剛先生、湯山昭先生、葉祥明先生、大和田りつ子先生をはじめとする皆様方です。
この作品集ができたのは、重い病を得られた折、ミミナさんから生きる勇気を与えられた櫛山敬子さんのひたむきな想いがあったと伺っておりますが、その企画に賛同され、惜しみなく豊かな感性をお注ぎいただきご協力をされた皆様に、改めて敬意を表しますとともに感謝を申し上げます。
このCDを聞いていると、なんともいわれない新鮮な衝撃が体中を駆け巡ります。何か忘れていた大切なことを呼び覚まされるような、胸にジーンと響くような、おもわず涙がこぼれ落ちそうになる、心の琴線に触れ熱い感動を与えてくれる珠玉の作品集です。
これを作るにあたってお力添えをされた皆様の尊い魂の輝き、祈りが、このような美しく清らかな作品集として結晶したものと感銘を深くしているところでもあります。
いまこの地球(ほし)は、多くの人々の心は病んでいます。そういう中で二十一世紀を迎えました。二十一世紀、もしこの地球を救うことが出来るものがあるとすれば、多くの人々に人を愛する大切さ、生きる勇気を、多くの子供たちに夢と希望を与えつづけることが出来るものがあるとすれば、それは科学や技術の力ではなく人類が営々と積み重ねてきた叡智のみそれを可能とするのではないでしょうか。
とりわけ詩をはじめとする文学や音楽、絵画などは、人と人との垣根を取り除き、国と国の境を越えて人類が共有できる貴重な財産です。この作品集が多くの皆様方に、特に次代を担う人たちに広く親しまれ、若い心を豊かに耕す大きな役割を果たすことを期待申し上げます。
九百年前の歌人源俊頼は、宮城野の美しさをとおして陸奥の奥ゆかしさを絶唱し、「さまざまに心ぞ富むる宮城野の花のいろいろ虫のこえごえ」という和歌を千載和歌集に残しています。なんと美しくなんと心豊かになる和歌でしょうか。お集まりの皆様方の一日一日がこの和歌に詠われたように、美しくも心豊かに充実したものでありますことを祈念申し上げ、お祝いの言葉といたします。
−「天使のおくりもの」出版を祝う会におけるお祝いの言葉−
平成13年6月10日 東京松屋サロンにおいて
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