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みちのくの和歌、遥かなりみちのくの指導者、凛たり武将歌人、伊達政宗
 
いま現場ではーBSEに係る緊急報告
2007年5月4日


 
  
ーいま現場ではー
  BSE(牛海綿状脳症)関連牛病理解剖及び解体・焼却処理
  作業にかかる実態報告並びに緊急要望
1 提言の経緯
 BSEの問題が大きく浮上した平成13年9月末頃から、国の方針に伴い本県においても肉骨粉等を使用した飼料を食べた牛{本県該当710頭、清浄農場維持防疫推進のための給与牛検査支援事業(指定助成事業)補助対象254頭}を対象に、異常プリオンの検査によって調査されることになり、仙台産業振興事務所畜産振興部(以下仙台家保)においても、年間200頭近い牛の検査、解体・焼却処理という、いままで想定していなかった大きな仕事を行うこととなった。仙台家保の職員は全部で14名(獣医師12名うち女子4名)、11月以降、休日・祝日・正月もなく二班編成で緊急時に対応する態勢を整え、緊迫した日々を送っている。
 現場の実情については、当時、理事兼仙台産業振興事務所長であった私は仙台家畜保健所から報告を受け、職員にかなり過重な負担がかかっていることは内々承知していたが、この目で実態を詳細に把握し、それを正確に宮城県上層部に伝えるため、ありのままの言葉で結果を報告するとともに、それを踏まえ早急な実態把握を行い改善措置を講じるよう緊急要望した。これはその時、宮城県上層部へ提出した緊急要望である。この緊急提言を見た当時の農政部長が早速現場に赴き実情を視察し、職員の労苦を労い、種々の改善策が講じられたということを後に伝え聞いた。具体の内容の詳細には承知していないが、少しでも現場に働く皆さんのためにお役に立ったのであれば嬉しいことであると振り返る今日この頃である。
2 概 要
日 時 平成14年1月15日(火)
  場 所 仙台家畜保健衛生所解剖室
13時
   伊達宗弘所長等4名は作業服に着替え、仙台合同庁舎を後にした。一番気がかりなのは、作業現場を視察することが、真剣に仕事に取組んでいる職員の妨げにならないかということ、現場を見て欲しくない気持ちが多少なりとも相手方にないかということである。本庁から視察に訪れ、凄絶な実態から目をそむけ、作業現場から離脱、現場の職員の意欲を喪失させたという話を聞いていたからである。
  13時20分
 仙台家保到着。松本所長が玄関に出て来て、所長室に案内された。作業は13時30分開始、七ヶ宿町の5歳の廃用乳用牛で、血粉入りの飼料を食べた牛で、指定助成事業の対象になっていること、12時30分に仙台家保に運び込まれ、裏の解剖室(2間×4間)に運ばれ、先ほど麻酔をしたことまでの話を受ける。
13時29分
   女性の声で「準備完了しました」との知らせ。急いで白い長靴に履き替え作業現場へ。チーフは、A子病性鑑定班長。獣医師の中で女性の占める割合が高くなってきていることを、実感として感じる。薄汚れた解剖室の冷たいコンクリートの床に青いビニールシートが敷かれ、その上に四肢を太いロープで縛られ、もがいている牛が横たわっていた。そしてその900キロの巨体を女性獣医師3名を含む8名の職員で、それぞれポイントとなる部位を自分の体重と全身の力を振り絞って押さえ込んでいた。職員は全員白い紙つなぎ(白い紙つなぎは簡易な防水となっているのですぐには、水分で破れることはないとのこと)を着用。帽子をかぶり、マスク・防護めがね等で汚染を防いでおり、真剣な表情が伝わってくる。麻酔をしているとはいえ、個体によってその効果はまちまちで、薬殺作業開始後、直ちに死亡してぐったりすることはなく、突然起き上がろうとしたり、暴れたりする牛もいるので押さえ込む方は必死の作業となる。
 今日の牛は、ことのほか大きく麻酔も余り効かないようだ。
13時30分
   薬殺開始。使用するのは、逆性石鹸液(パコマ)。これを喉もとから静脈に注射をするのだが、危険を本能的に察知した牛は必死で、首を振り、四肢をばたつかせ、体全体を使い暴れ始めた。狭い解剖室で、「危ない!」「大丈夫か!」「後ろの足を押さえ込め!」の言葉が行き交う。牛も必死なら、職員も必死で命がけだ。チームワークがなければ、とてもやれない仕事だ。牛の力で振り回されそうな状態のなかで自分の20倍近い巨体を必死になって押さえ込んでいる女子職員。薬物が効いてきたのか少し牛の体から力が抜けた時、背の高い男性職員が鋭い刃物を取り出し、心臓のあると思われる部位に力一杯それを突き刺した。そして内部をえぐるように回してから、刃物を抜いた。その瞬間、濃い真っ赤な血が、ドーと溢れ出した。ものすごい量である。900キロの牛であるから血の量は13分1としてざーと見積もっても80キロはあるはずだ。青いシート全体に血が広がる。最後の断末魔を思わせる大きな動きをした後、牛は静かになった。血はドクン、ドクンと流れ落ちている。皆の緊迫した雰囲気がひしひしと伝わってくる。
13時35分
   「では」のチーフの声に、皆が牛から離れた。「黙とう」静かな静寂の一時。職員の胸に去来したものは何か。30秒の黙とうの後、「作業開始」を合図に、それぞれが鋭利な解剖刀、のこぎりを手に作業に入った。
 解体作業の目的は、BSE罹患の有無を検査するため延髄閂部、大脳、小脳を取り出すことである。背の高い男子職員が首を体から切り離す作業に取り掛かり、平行して牛の体の解体作業が始まった。かなりの重労働である、首から流れ出なかった血が噴出す。白い紙つなぎが鮮血に染まる。背の高いがっしりした男子職員が小さく見える。
 BSEに罹っている牛の解剖では目や傷口から人への感染を防止するため、職員は全員、作業服の上に防水カッパを着て、さらに使い捨ての白い紙つなぎを着用し、手袋を三重(検査用手袋、防切傷用、ゴム手袋)に、さらにマスクと防護めがねをしているが、100パーセント安全という訳ではない。防護めがねは時間とともに出る汗と上昇する体温で、くもり止めがきかなくなるため、はずしている職員もいる。危険は常に背中合わせである。頭部がなかなか離れない。頭部の皮、体の皮は血でグシャグシャに濡れ、既に血と汗の修羅場に化しつつある。みんな必死だ。やっと首が胴から離れた。
 大切そうにそれを狭い端に寄せて職員は脳と閂(かんぬき)を取り出す作業を開始した。斧で頭蓋骨を割る。力一杯の大胆な作業だ。のこぎりで硬い骨を切断。頭部皮ふはのこぎりで切りやすくするためと、脳の汚染防止のため、あらかじめナイフで剥ぎ取っている。鋏で大切な延髄閂部を切断、脳を取り出した。その作業完了をチームに知らせる声。二人の職員が、血だらけの手袋に閂と脳を大切そうに抱き私の所へ持ってきて、それぞれの役割について丁寧に説明してくれた。労いの言葉を胸に秘め説明を聞き、質問をしながらメモを取る。
問 「延髄、脳はこれからどうするのか。」
答 「延髄閂部はBSE判定の検体として、筑波の独立行政法人動物衛生研究 所に送る。大脳、小脳はその判定結果を踏まえ、検査が必要になることに備 えて、当事務所で保管。」
 要を得た簡潔な答えが返ってくる。
14時10分
   900キロの巨体の牛は、皮がはがされ四肢が力任せに外され、鋭い刃物で人力で運搬に可能な大きさに切断し、隣接する焼却炉へ運び込む。既に牛の肉と油、皮、骨、血で溢れるような状態。また、刃物は脂ですぐ切れなくなって、その都度ヤスリで研いでの作業となる。腹部の穴のような場所は血の池だ。狭い場所での鋭利な刃物の力一杯の作業なので、はらはらする場面が連続する。危険だ。ぬるぬるした作業現場の中で転んだりぶつかったりしたら大怪我をするのは確実だ。力一杯仕事をしながらも、細心の注意もしているので精神的疲労も極限に達していることだろう。
 「赤ちゃんがいたんだ。可愛そうに」ポツリと女性職員の悲しそうな声。その方に目をやると、大きな胎盤に包まれたもう生まれる寸前の子牛が横たわっている。胎盤からわが子を抱くようにそっと抱え上げる職員。しかし一人では抱えきれない大きさだ。いとおしむように不本意ながら焼却炉へ運ぶ職員の後姿には、何ともいいようのない哀しさが漂っている。ズタズタに引き裂かれた骨肉を運ぶ職員の心は、やるせない無念の思いもあろう。
 牛の体からは物凄い湯気が噴出している。体温と外気の差がこのような状態をもたらしているのだろう。夏場はどうするのだろう。劣悪な条件で作業をする職員にふと思いをはせる。蚊やアブは臭いを求めてこないのだろうか。さまざまな思いが脳裏に去来する。藁を大量に含んだ胃内容物の大きな塊が出てきた。手ですくい上げ青いポリバケツに何杯も詰めては運ぶ職員。一種独特の臭いが部屋一杯に漂っている。「汗だらけだ」とつぶやく職員。紙つなぎの作業服の内にさらに合羽を着用しているので、汗は外へは出ないのだ。登山をしていた若い頃、土砂降りの中で雨具を着用すると、雨には濡れないが汗が外へ出ず結局は雨に濡れたと同じような結果になった不快感が甦る。あの巨体は、半分以下になったが、まだ350キロ以上はあろう。
14時25分
 「さあ、裏返し」8人がかりで血だらけの狭いシートの上で 、牛の部位を裏返しする作業に取り掛かる。かなりの疲労が色濃く感じられる。青シートは濃い赤に染まり、血のりと脂肪でぬるぬるで歩きづらくだいぶ運びにくそうだ。すべる足元に「気をつけて」の声がかかる。引きずるようにして運んでいる職員の疲労は明らかだ。血と汗と狭い場所のため、なかなか作業が思うように進まない。
 飛び散った血液や体液、胃の内容物が顔に飛び散っている職員もいる。
14時30分
 「もう少しだ、頑張ろう」お互いに励まし合いながら作業をしているが、重労働で疲労の色は明らかだ。崇高な使命感だけが彼らを支えている感じだ。
14時40分
 青いシートと血を除いて、ほぼ作業は完了。てきぱきと終了作業に取り掛かる。大きいシートの血をブラシで一個所に集めている人、溝の間の血の塊を手で集めすくい上げている女性職員、最後の気力を振り絞っての作業。「本当にごくろうさん。お疲れさん。」心の中でつぶやく。
 通常ならこの作業の途中、一息入れる休憩を設けるのであるが、今日は個体がことのほか大きく解体作業にいつもより多くの時間がかかると予測され、また我々視察者のことに配慮して、休憩をとらず一気呵成の作業となった。迷惑をかけないようにと思いつつ、結局は迷惑をかけているのが視察者なのだ。  家保所長に、「シャワーはあるの、あのシートはどうするの、作業服はまた使うの」と矢継ぎ早に聞く。
 家保所長から、「シャワーは男女共用、昨年8月付けてもらった。シートは焼却。作業服は洗濯・消毒して何度も使う」という答えが返ってくる。
 そんなやり取りをしているうちにシートは丸められ、焼却炉へ運ばれる。シートの下のコンクリートは血でベットリ濡れている。白い消毒薬(クレンテ、刺激性の強い塩素剤)が床に撒かれている。マスクはしているものの、咳き込む声も聞かれる。皆でブラシで掃除、水道水で流し作業は終了。薄れた解剖室とはいえ、彼らにとっては神聖な部屋であることはその作業の仕方からひしひしと伝わってくる。そしてお互いに労り合っている様子がその挙措動作から伝わってくる。
 焼却炉の骨肉等は、火の管理上の問題と、途中消火した時に中途半端な焼却だと悪臭が出て、周辺住民から苦情が出ることを考慮して、明日から2日がかりで焼却処分するとのこと。朝8時に火を入れ17時までで焼却ストップ。すぐ冷やすと耐火煉瓦が割れるため、風を送りながら徐々に冷やすとのことで、終了は20時頃。その後も臭いが外へもれないように、煙突の側の焼却施設(第2次燃焼室)は稼動しておくとのこと。そして次の日続きの作業を開始。終了後は、灰出しを行い、一般廃棄物として1包170円かけて、処理業者に引渡し作業は完了とのこと。作業の後は、書類の作成や通常業務があるが、重労働のため手が震えたりすることから2時間ぐらいは物を持ったり、ペンを使ったり、机では仕事ができないほど体力を消耗しているとのことである。当然だろうと思った。深夜焼却施設の後始末をし、安全を確認し、事務室を消灯し暗い事務所から、家路につく職員の姿が脳裏に去来する。どんな思いを胸に家路につくのだろうか。
14時45分
 皆に、「ご苦労さん」を言い、家保所長室へ向かう。あの作業服は丁寧に消毒薬で洗浄し、長靴、手袋、マスク、血だらけの使用した器材を洗い、それから一つしかないシャワーを浴び…。「大変だな。良くやってくれているなー」。感謝とさまざまな思いを胸に、解剖室を後にした。所長室に向かいながら、この実態を正確に、ありのままに上司に伝えることが、私の責務でありそれを行なうことが最大の誠意であると思いつつ、所長室へ。
14時50分
 問 「今日は忙しいところどうも。凄い重労働だね。まさに命がけ。危険手   当などはどうなっているの。」
 答 「それは出ていません。」
 問 「このような作業は週どれぐらいこなすことになるの。」
 答 「2〜3回ぐらいになると思う。」
 問 「通常はどれぐらい。」
 答 「通常月に1〜2回。病気して死んだりした検体で原因究明のためやっているが、このようなことは想定していなかった。仙台家保は住宅地のなかにあるため大型動物の解体は殆ど現地でやるように努めていて、当事務所の解剖室もこのような連続的な作業は想定していなかった。」
 問 「大郷の施設ができて作業はどうなるのか。」
 答 「基本的には今と変わらない。」
 問 「悩みは。」
 答 「職員に解体、焼却などかなり過重な負担を強いていること。体を張って命がけで仕事をさせていること。解体の終わった後、周囲に気兼ねしながら焼却せざるをえないこと。いつ苦情がくるか、いつも緊張していること。国の方針がくるくる変わり、それによって県行政に対する県民の信頼感が急速に失墜しつつあること。一日一日が無事に終わる都度、いつまでこの状態が持ちこたえられるかなど、悩みは尽きない云々。」
15時20分
 退所。急いでシャワーを浴びて来たのだろう。微笑えみながら楚々としたA子班長が、「ご苦労様でした。」と深くお辞儀をして見送ってくれた。「健康に気を付けて頑張ってください。」とは言ったものの、仕事とはいえ展望のないこのような作業が、連日続くとは思ってもいなかったろうという思いを胸に、事務所に帰ってきた。
3 問題提起
(1)BSE作業にかかる問題点
 作業の大半は、検査するための検体検出作業ではなく、屠殺から解体・焼却までを劣悪な条件のもとでやっていること。仮に大郷町に新しい解剖施設ができても、基本的には何も改善されないのではないかということ。なぜならその施設は、BSEの問題が浮上する以前に計画されていること。ボイラーマンなどの設置が必要でない焼却炉が計画されており、すべての作業は職員(獣医師)がやることを想定しているから焼却炉の管理についても、焼却作業が連日となると、通常の仕事の合間にできる範囲を越えてしまうのではないだろうか。
。 (2)獣医師にかかる問題点
 そもそも獣医師は、本県畜産振興に資するため採用したものであり、現在行っているBSEの仕事の大半は焼却処分のための解体・処理業務である。これが本来の獣医師の仕事なのだろうか。短期間であればいいが、長期間となるとさまざまな問題が出てくるのではないのか。BSEの仕事は、前向きの仕事ではない。こういう状態に、職員を長い期間拘束して良いのか。士気や健康に影響するのではないのか。
(3)手当ての問題
 危険と隣り合わせの仕事であり、勤務条件等を種々考慮した配慮を緊急に検討する必要があるのではないのか。
  (4)周辺住民や隣接地に新設される「宮城女性総合支援センター」(仮称)との問題解体時の臭いや焼却時の煙や悪臭の発生には充分気を払っているとのことだが、気象条件との関係もあって安全にコントロールすることは難しいようだ。万一苦情が出た場合には、この住宅地の中では解体・焼却そのものが不可能とならないだろうか。
4 緊急要望
 早急に実態を把握し検討し、すみやかに改善措置をとるとともに、専門職員の仕事と現実の乖離を生める措置を講じられるように要望する。