2 私のものの見方考え方に影響を受けた考え方
さて次に私がものを見、考える上において多きな影響を受けた先生の考え方についてお話をしてみたいと思います。私なりに解釈した部分もあるということをお含み置きいただいて、お聞きいただきたいと思います。
今から30年以上前、日本の学界には大きな二つの山脈が有るといわれていました。一つは、ノーベル賞を受賞した湯川秀樹博士によって代表される原子物理学を通じて結びついた人脈であります。これは旧帝国大学の理学部をはじめ国立、県立、民間の原子力試験研究機関の学者を網羅した、いわゆる学問を通して結びついた人脈です。
もう一つは日本山岳会会長、岐阜大学の学長をやられた今西銀司先生を中心とする登山を介して結びついた人脈です。これは山登りという一つの趣味をとおして結びついた人脈で、自営業者、医者など個人のレベルまで網羅した大変裾野の広い人脈であります。今西先生は京都の西陣問屋の一人息子で長い間、京都大学の助手の身に甘んじながら鴨川に生息するカゲロウの幼虫の研究を続けられたのであります。上流、中流、下流の石を持ち上げ幼虫を採取したのですが、先生のグループによって持ち上げられなかった石はないとまでいわれる徹底的な調査研究が行われたのです。そして先生は、一つの摂理を発見されたのであります。
従来自然界を考える上においての大きな考え方はダーウインの進化論であります。この考え方は、自然界の掟は弱肉強食、自然淘汰であり説明できない部分を突然変異ということで説明してきたダーウインの進化論に対して、先生はいやそうではないこの自然界は強い動物も弱い動物もそれぞれ大切な役割を果たしながら棲み分けをしているのだ、そして学習を通して進化をしてきたのだということをいわれたのであります。現在の自然界を考える上での基本となっている考え方です。
例えば、渡り鳥の「渡り」の習性、ミツバチやアリの整然とした生活の態様、従来の考え方からいえばこれは単なる本能ですが、先生は「いやそうではない。そもそも別な生活をしてきた渡り鳥や、ミツバチ、アリが厳しい自然界の変化に対応して、今の生活様式をみにつけてきたというのであります。こういう見方をされた先生ですが、先生は長い研究を通して、人間とは大変弱い動物である。視覚にしても聴覚にしても嗅覚にしても、他の動物よりも劣っています。自然界に放り出された自分の姿を思い描いてみればお分かりの通りであります。しかし先生は人間が他の動物と比べ優れているところが有ればそれは、人間には直感力、洞察力があるといわれたのであります。
例えばここに何かがあるとすると猛禽類はこれを何キロも遠くから見出すことができますが、人間にはそのような優れた能力はありません。聴覚にしても嗅覚にしても人間は他の動物に比較して劣っています。ここに何かがあったとすれば猛禽類などはこれを何キロも彼方から見出すことができますが人間にはそのような優れた能力はありません。
しかし人間はこの向こうにある見えない何かを見出す力があります。直感力・洞察力といわれるものです。そして先生はこれは磨けば磨くほど研ぎ澄まされた刃物のようになっていくのだ。自分はそれを磨くために山に上るのだといわれ、日本、世界の山々を八十歳を過ぎるまで登り続けられたのであります。山は高さや大きさに関係なく色々な表情があり、常に危険とも隣り合わせです。嵐にでも巻き込まれたとき進路を右にすべきか左にすべきか判断に迷うことがあります。そのようなとき先生は、踏み跡、岩の傷、風の吹き具合、従来の経験等から理屈抜きに瞬時に自分の進むべき方向を見出し決断をするのであります。
直感力・洞察力を磨くため自分は山に上るのだといって登り続け、先生のその考え方を慕った多くの人々が先生の元に集まったのです。
アカデミックな京都学派を代表した桑原武男、貝原茂樹、初代難局隊長の西堀栄三郎、は先生の仲間内ですし、それぞれ立場はみな変わっていると思いますが国立民族博物館長であった梅棹忠雄、神戸学院大学人文学部教授伊谷純一郎、京都大学文化人類学教授の川喜多次郎、米山俊直らは先生の愛弟子です。
この人脈の素晴らしかったのはそれぞれ学問の分野仕事の分野を抜きにして先生の元に集まり、色々な話し合いをする事によってそれぞれお互いに相互啓発をしながらそれぞれの学問の分野、仕事の領域を広め深めていったといわれます。
こういう影響力を与えた先生ですが先生は長い自然界の研究を通して、21世紀は人類は大きな危機に直面するであろう。もしこの危機を乗り切ることができるとすればそれは科学や技術の力ではなく、人類が営々と積み重ねてきた叡智のみそれを可能とするのではないかと予見されています。とりわけ文学や音楽、絵画等は人と人との垣根を取り除き国と国の境を越えて人類が共有できる貴重な財産ではないでしょうか。私はこの先生の考え方には大変おおきな影響を受けました。
|