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みちのくの和歌、遥かなりみちのくの指導者、凛たり武将歌人、伊達政宗
 
2018年11月29日


 


 
平成30年10月7日(日)戊辰の役から150年にあたり、瑞鳳殿境内弔魂碑前にて「戊辰の役150年 全殉難者 慰霊祭《が仙台藩志会・戊辰の役150年全殉難者慰霊祭実行委員会主催に厳かに行われ、その後バスで知事公館に移動市式典が行われた。奇しくも来賓を代表し挨拶を述べた。概要は下記の通りである。
戊辰の役150年全殉難者追悼会における来賓代表挨拶
 来賓を代表し、一言ご挨拶を申し上げます。
 先ほど、経ヶ峰の「戊辰の役 忠魂碑前《におきまして「戊辰の役150年 全殉難者慰霊祭《が関係各位、ご来賓の皆さまご参列のなか厳かに執り行われ、引き続いてここで「追悼会《が開催されますが、改めて往時に思いを馳せた時、身の引き締まる思いで一杯であります。
 戊辰戦争で敗れた仙台藩の全責任をとって、麻布仙台藩邸で重臣坂英力とともに但木土佐は斬殺されました。死に臨むに当たり但木と坂は別れの酒をくみかわし、辞世の和歌を残し従容と死に赴きました。
  雲水の行へはいつこ武蔵野のたた吹く風にまかせたらなん 但木土佐
  国のためすつる命のかひあらば身はよこしまの罪に朽つとも    坂英力
 二人の死を聞いた13代藩主慶邦は、涙をのんでそれを和歌に託しました。
   国の為ふかくはかりし此君に千代のよはひをゆづるとぞおもふ
 万感の思いを胸に、時の移ろいを慶邦は歌にとどめています。
山寺のかねのひびきも虫の音もともに身にしむ秋の夕暮れ
 目まぐるしく移り変わる先行き上透明な幕末から明治にかけての激動の時代、藩のため国のため強い使命感で激戦の地に赴かれ、志し半ばで異境の地で果てまた負傷した方々、藩主を守るため命を捧げた方々、残されたご遺族の筆舌に尽くしがたいご労苦に思いを馳せた時、いまこのような平和な時代を生きている私どもは申し上げる言葉はなく、ただただ感謝の気持ちで一杯であります。
 戊辰の役から150年、残された先人は全殉難者の筆舌しがたい思いをしっかりと胸に刻み、血と汗と涙の結晶で今日の豊かな社会・豊穣大地を築いてこられました。私たちはこれをしっかりと後世に引き継いでいくことが、報恩の証であり責務であると改めて誓うものであります。
   戊辰の役で貴い命を落とされた方々、そして筆舌に尽くしがたいご苦労をされたご遺族の皆さま、辛い厳しい時代を乗り切ってこられた多くの先人の貴い犠牲があったればこそ、今があるということを深く心に刻み、この歴史的な出来事を後世に伝えていくことが、今を生きる私どもの責務であると改めて痛感いたしております。  150年という節目の年に全殉難者慰霊祭追悼会を企画開催された「戊辰の役150年 全殉難者慰霊祭 実行委員会《の皆様方の崇高な理念と、殉難者の皆さまの心の内が後世に力強く引き継がれていくことを祈念申し上げ挨拶と致します。
平成30年10月6日 伊 達 宗 弘