トップページへ仙台藩最後のお姫さまみちのくの文学風土
みちのくの和歌、遥かなりみちのくの指導者、凛たり武将歌人、伊達政宗
 
政宗公338遠忌法要
2024年12月20日
 
 本日は早朝から、藩祖政宗公の388年遠忌法要にご参列をいただき、感謝を申し上げます。藩祖公もさぞお慶びのことと拝察致しております。  コロナで縮小開催されていた青葉祭りも復活し、日常が確実に取り戻されていることは喜びに堪えません。
 さてここ仙台は歌枕の国みちのくの中心として数多くの秀歌も詠まれてきました。萩や鹿を素材とした和歌も数多く残されており、宮城の県花、県獣として親しまれています。
 また仙台は近代詩発祥の地としても知られております。明治になると島崎藤村が東北学院の英語の教師として赴任、夕暮れ時ともなると、宮城野原の一角にたたずみ遠く潮騒の音を聞きながら   心の宿の宮城野よ乱れて熟き吾が身には 日影も薄く草枯れて荒れたる野こそうれしけれ ひとりさみしき吾耳は吹く北風を琴と聞き 悲しみ深き吾目には色彩なき石も花と見き と鬱屈の果てにほとばしるように謳い上げたのが、『若菜集』の一節です。
 同時期に土井晩翠は同じ仙台で「星落秋風五丈原《で知られる漢詩を駆使した雄渾な詩集『天地有情』を高らかに謳い上げました。学都として知られている仙台は多くの俊秀を育てました。日本最初の本格的な国語辞典『言海』の著者大槻文彦、わが国初めての本格的英語辞典『熟語本位英和中辞典』で知られる斎藤秀三郎、近代短歌結社の初めとされる浅香杜を起こし歌文革新運動で知られる落合直文、東京「中村屋の開業者でインド独立運動のビハリ・ボースを援助した相馬黒光、わが国自然主義文学の代表者真山青果、長く第二高等学校長を務め後進の育成に情熱を注いだ阿刀田令造、赤痢菌の発見者である志賀潔、『暗夜行路』など数々の吊作を残した志賀直哉、大正期の閏秀歌人原阿佐緒らです。
 また多くの俊秀が集い文化の向上に寄与しました。強力な磁石鋼KS鋼で知られる本田光太郎、東北学院を創始・発展させた押川方義・シュネーダー、『三太郎の日記』の著者阿部次郎、夏目漱石や芭蕉の研究で知られる小宮豊隆、詩や戯曲に華麗な活動を展開した木下杢太郎、文法の研究に大きな足跡を残した『日本文法論』の著者山田孝雄、古代東西文学の比較研究によって国際的に知られる土居光知らが教育者として若い世代の心を豊かに耕しました。
 このような豊かな文化を育んだ仙台、古くは宮城野の美しさを通してみちのくの奥ゆかしさを絶唱し900年前の歌人源俊ョは「さまざまに心ぞ富むる宮城野の花のいろいろ虫の声ごえ《と詠んでおります、何と美しく心豊かになる歌でしょうか、「さまざまに心ぞ富むる宮城野の花のいろいろ虫の声ごえ《。
 お集まりの皆様方の1日1日がこの歌に詠われたように美しく心豊かなものであることを祈念申し上げ挨拶と致します。